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  1. 行動ベースの免疫の話
  2. 私も適応障害と診断されたことがある
  3. 楽になったきっかけは勝手にやってきた
  4. まとめ:認められるのなら休んでやり過ごすが吉
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1. 行動ベースの免疫の話
いま、新潮新書から出ている『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン著、久山葉子訳)を読んでいるのですが、これがなかなか面白い。

スマホ脳(新潮新書)


タイトルから嫌悪感を煽って目を引こうとしているような印象を抱いたので、書店で見かけた時には敬遠していたのですが、岡田斗司夫さんがYouTubeの動画[*1]でこの本について話をしているのを見て興味を抱き、買って読み始めてみました。

私が持っているのは第14刷で、Aamazonリンクの画像とは表紙が違うようです。

「人類は基本的に現代社会に適応していない。なぜなら、人類は有史以前、一万年もの間ずっと過酷な環境下で狩猟や採集の生活を送ってきたため、脳はそのような環境下で生き延びるための行動を現代に生きる人類にも促し続けてしまっているのだ」というのが、まず、この本を読み進めるにあたっての土台です。

そして第二章には、「人類は有史以前の過酷な環境を生き抜くために、自身でコントロールすることのできない様々な免疫機能が備わっているが、これには感染症などに対抗するための免疫機能だけでなく、危機を回避するための行動ベースの免疫も含まれる。不安に陥ったり、うつ病になったりするのは、危機を避けるために行動を抑制する行動ベースの免疫だ」ということが書かれています。

脳は現代社会に適応していないので、危機が迫るとはるか昔に有効だった手段をとってしまうという。その手段が、現代社会では生活に困難を来す病になってしまう。

省略しましたがが、根拠となる脳内の伝達物質の働きが本の中では解説されていて、とても面白い内容です。


2. 私も適応障害と診断されたことがある
さて、先日高槻かなこさんが適応障害の療養のために活動休止するという報が出ました。

適応障害というのは、うつ病とは全く違う病気ですが、「なんらかの理由」によって苦悩した人がいろいろな体調不良に見舞われるもので、症状の出方は人それぞれにあるようです。

私は専門家ではないのでよくわかりませんが、その症状のために社会生活に困難をきたすほどになってきて、おかしいな?と受診して診断されるパターンが一番多いんじゃないかなと思います。

というのも、私自身がそうやって適応障害と言われたことがあるからです。

あれはたしか20代半ばにさしかかる頃だったと思いますが、当時は職場の環境が劣悪で、指揮系統がバラバラ、責任の所在は曖昧、仕事の物量が多くて捌き切れず、人材育成もできないからますます人を上手く動かすことができない、という典型的な悪循環に陥っており、そんな中で連日残業生活をしていました。

次第に家でも職場でも感情のコントロールができなくなり、寝ても食べても疲れが取れずついに動けなくなって、受診したところ適応障害と診断されました。

適応障害って別に薬を飲んだところで改善が実感できるものでもないようで、処方された錠剤の効果はあらわれず、結局は「なんらかの理由」を取り除いて苦悩しなくなるほかはないので、状況が変わらない限りはなんとなく我慢して過ごすしかないんですよね。

その後、職場の物理的な環境に起因するアレルギーで仕事を続けられなくなってしまって、配属を変えてもらうことになり、仕事の内容も手に取る道具も関わる相手もずいぶん変わりましたが、未熟な組織であることには変わりなかったので適応障害と診断された時の症状は完全にはなくなりませんでした。

で、そのまま別の部署で仕事をしていたら、第三の病気として甲状腺を患ってしまい、その後30代半ばにもなる現在まで良くなったり悪くなったりを繰り返しています。

もやはこんなことを言っても仕方がないけれど、『スマホ脳』に書かれていたように、最初に適応障害と言われたもろもろの症状が危機回避の行動だったのだとしたら、素直にそれに従って転職なりなんなりしていれば、もしかしたら次々と患うこともなく健康な人生を謳歌できたのかなー……と、苦々しく思うことがままあります。

仕事自体は好きだったし、仕事を通じて学んだこと、得られた経験や成果もたくさんあったので後悔しきりというわけではありませんが、健康だったらもっとできたこともあっただろうと思わずにいられません。

高槻かなこさんはしばらく活動を休止するということなので、きっと大部分の人は心配したり、残念に思ったりしていることだと思うのですが、私は自分のこの10年間の経験を振り返って、「ようやったな!それが!それこそが賢明な判断よ!」と小さくガッツポーズをして休みに送り出すような気持ちでいます。
 
 
3. 楽になったきっかけは勝手にやってきた
私があとから患った病気は、良くなってきたと思って減薬すると悪化してくるということの繰り返しなので、医師の指示に素直に従ってどうにかこうにかやっていっているのですが、じつは適応障害と診断された時の症状はもうすでにすっかりなくなっています。

きっかけは、当時の上司たちがごっそりいなくなって組織が大きく変わったことでした。

私が辞めるより先に上司たちが辞めて行ったということでもあり、上司たちも私とは違う「なんらかの理由」を抱えて会社を去る決断をしたのかもしれませんが、まあこの変化は本当に大きなものでした。

他の病の症状はさておき、長年煩わされてきたよくわからない怒りや苦しみが、単に特定の人がいなくなっただけでスッキリなくなって楽になってしまったのですから、本当に一体なんだったんだろうという感じです。

断っておきますが、決して私自身はこの人たちのことが嫌いだったわけではなく、彼らには美点がいくつもあったし、たくさん世話になって感謝もしているし、今でも年に1,2回は関わる機会があって会えば楽しく話ができるんですよ。

ただ、勤め先の会社組織の中で、あるいは実務をともに進めていく中で、予算が無かったこととか、スキルに向き不向きがあったこととか、知識や情報が十分に得られなかったこととか、色々なことの積み重ねで劣悪な環境が生み出されてしまっていて、一連の出来事につながっていたのでしょうね。


4. まとめ:認められるのなら休んでやり過ごすが吉
結局私は会社に残り続けていますが、同期は全員なんらか患っていましたし、みんな理由をつけて辞めてしまっています。

もし今、彼らが会社に復帰したら、たぶんあまりの変わりように驚くでしょうし、たぶん前と同じ理由で辞めていくことはないでしょう。

高槻かなこさんが療養のために活動休止をするということは、おそらく芸能活動という仕事の中の「なんらかの理由」によって苦悩しているか、仕事をすることによって関わらなくてはならないなにかによって苦悩しているのだと思いますが、休養している間に時間が経って、仕事の環境や、関わる人や、仕事のやり方が自然に変化したら、あれは一体なんだったんだというぐらいすっかり症状が良くなることも、あるんじゃないのかなと思ったりしています。

以前に自身のラジオ番組[*2]の中で不登校の経験を語っていたことがありましたけど、逆を言えば、昔からそうやって自身の困難を上手くやり過ごす術を身につけてきた人なのでしょう。

それによくよく考えれば、世間には療養のために職を辞するか、身体に鞭打って働くかを迫られる人も多い中で、活動休止が認められる立場に身を置けていることもこれまでの努力や才能の賜物なんですよね。

今しか叶わないことを逃してしまうことには葛藤もあるでしょうが、休止が認められるのであればここは変に我慢をせず、どうかこれまでの自身の経歴や生み出してきた作品を信じて、気長に療養していってほしいなと思います。


*1 岡田斗司夫さんのYouTubeチャンネルで無料で見られます。スマホは「持っているだけ」でバカになる!精神医学最前線『スマホ脳』徹底解説 / OTAKING explains "The Real Happy Pill"

*2
TOKYO FMのラジオ番組「高槻かなこのROYAL Night」の2021年1月9日(土)放送回で語っていました。この時の内容がTOKYO FMのウェブサイト上で一部記事になっています。  


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